創作について

日常的なものの見方

ツイッターのタイムラインに「〇〇さんがいいねしました」と出てきます。
昼寝をしてしまいボーッとそれを眺めていたら「〇〇さんがいいねしてしまった」と空目してしまいました。
人間の目とはなんていい加減なんだと思いました。

プロは資料を見ながら描く

絵を描いているときは、特にこれを痛感します。
頭の中のイメージで描くと8割上手く描けません。
プロな方ほど、資料を用意してそれを見ながら絵を描きます。モチーフの画像や現物を探したり、自撮り棒を使いキャラと同じポーズを撮影します。
カンニングでもなんでもなく、むしろ教科書のようなものです。仕上がりは雲泥の差になります。
そのくらい、自分のことなど信じることはできません。
何も見ずにスラスラ描いている人がいるとすれば、その人は以前に膨大な数の絵を描いてきたということです。手が覚えているから描けるのです。

普段私たちは物を見ない

いつも見ているはずのものでも、ジーッと観察してみるとその都度新たな発見があります。
実はこういう質感だったのか、こういう仕組みだったのか。モチーフの精密な情報を理解してこそ絵に落とし込むことができます。(絵柄にもよりますが)
デッサン経験者はこの感覚を味わったことがあると思います。
いかに普段、私たちは物を見ていないかの証明にもなります。

絵描きの日常の見え方

常日頃絵を描いている人は、日常生活でも頭の中で絵を描いています。目に入るものすべてに、自分ならどう描くか、これはどう描くかなど思考してしまうのです。この考えは物を見ているのかどうかは個人によって違うでしょう。輪郭をなぞってモチーフを縁取る人もいれば、中心から絵の具を塗りたくったイメージを持つ人もいます。

だからこそ、常に何かをジーッと見ていなけれいけないのかと言われても、別にそうはなりません。
私は外に出て風景を見ると、「ここが消失点か」など考えることは少々ありますが、ほとんどは何も考えていません。気分転換と思って出かけているので。
ものを観察するにもいくらか脳を使うことになります。1日のうちに人が選択する数は決まっているといいますが、考える数も決まっていると思います。昼間に何かしら作業に没頭すると、夜は何も考えられません。

人はものを曖昧に見ているのは確かですが、それは脳の負荷を最小限に保っているからになります。
実際に絵を描く時に脳をフル回転させて、隅から隅まで観察して描くことに集中すればいいと思います。でないと身体が持ちません。

ものの見方は人それぞれでしょうが、どうせなら長い時間絵を描き続けられるように、無理のない範囲で観察、行動していきたいですね。